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インチキまみれ

メディアも人間も何もかもインチキまみれで吐き気すら催してしまう。この国は完全に狂ってる…と感じ始めてから、政治、企業の裏側、世界情勢やら日本の隠された歴史、陰謀論やらオカルトやら本からネットから情報を漁りまくっていた時期もありました。色んなことを知れば知るほど混乱し、真実はまたも闇の彼方へ、掴んでも掴んでもすり抜けて行く砂のようで、もうそんな情熱も消え失せてきた今日この頃。それにしても最近の神社には神様がいなくて、悪いものが集まってる場所があるらしく、今年某神社にお参りした後にしばらく精神的におかしくなったことを思い出して戦慄が走った昨日の深夜。いろいろと鈍いやつほど生きやすいのかもね、今の世界って。電車内スマホ中毒のzombieたちの気持ち悪さは異常。


色即是空すべては幻

特定の宗教は持っていないけれど、仏陀の教えには共鳴する部分がある。

なぜなら色即是空、究極的には全ては無(空)だ、と説いているからだ。

そう、この世は幻想。

自分という存在も宇宙に漂う塵みたいなもん。

ただ生まれたから生きてる(在る)だで、生きる理由とか意味なんて無いと思ってる。 

思春期からの厨二病をこじらせ続けて数十年、生きる意味は何なのか、なぜ生まれたのか、ひたすら考え続けてきた。

死にたい、死にたい、と思って色々やってみたけど結局死ねなかった。


生きる意味が見つからないから死にたがった。

生まれた意味を見つけたくてもがき続けた。

 

人間てのは意味のないものに意味づけを、名前のないものに名前をつけたがる生き物らしい。


少なくとも他人様からのいいね!欲求がベースにある生き方は嫌だなあ…


冷たい春の雨の夜です。



 




這い上がるか、死ぬか

長い長い寒い冬もようやく終わりに近づき、少しだけ暗闇から這い上がってきたこの頃。まだまだトンネルから抜け出せずにいるけど、春間近の暖かな陽射しが少しだけ背中を押してくれるようだ。太陽は全ての生き物を満遍なく照らしてくれる。

落ちるところまで堕ちたら、這い上がるか、そのままくたばるかの2択。

這い上がる方を選ぶことができる気力が、まだ残っていて良かった。


生まれた場所で咲きなさい、って素敵な言葉だ。

ここではない何処かにいつも憧れている私という小さい人間。

咲いた場所で精一杯命を全うしていく植物たち。


そのままでいいよ、と言われた時の嬉しさを思い出す。

普通であろうとし続けた代償

「普通」の人生を諦めた人間の回想。

親は小学生の頃に離婚。

人間の屑のような父親だった。

母親には持ち家があったし、難しい資格を取り男並みに稼いでいたから貧乏ではなかった。欲しいものが買ってもらえなかった記憶はない。

私はとにかく学校が嫌いだった。閉塞感しかなかった。退屈の極み。

小学校では脱走魔。

中学はある事件をきっかけにほとんど行かず、高校も途中で嫌になりギリギリ、おまけで卒業したようなものだ。親に勧められた大学にも興味がなかった。とにかく同世代の集団に放り込まれるのが嫌だったらしい。勉強も嫌いだし。正社員も1度で懲りた。専門学校も2回くらい入っては辞めた。引きこもりも経験した。友達がいなくなってネットに逃げた。よく今まで生きてこれたなぁと不思議に思う。こんな私にも世間や親が定義する普通の人生がいつか訪れると思ってた。

週5日8時間勤務土日休み。満員電車で通勤。資格と自分磨き。結婚。貯蓄。年金で暮らす老後。

それが自分をじわじわと絞め殺す見えない縄であり鎖であるとも知らずに。

I was a dreamerだな、まったく。

普通の人生という訳のわからない妄想と、知らぬ間に押し付けられた普通という常識に囚われ続けていた代償は、あまりにも大きい。

1度として自分の人生を生きて来なかった哀しさよ。何の希望も持てない人生。苦しみと後悔の航海の途中、果てしない暗闇の中、途方に暮れては立ち止まり、無情にもひたすら流れてゆく時間。

こんな私にもいつか光が見える日が来るのだろうか。

相変わらず何の希望もない日々。


生きるのが辛い。

死ぬ勇気もない。







脆弱な暮らし

ガス給湯器が壊れて数日間まともに熱いお湯が使えなくて、なんて脆弱な暮らしをしてるんだと思った。ライフラインも食べ物も何もかも他力本願。火のひとつも起こせないんだもんね。火打石?まぁ火を起こす場所もないけども。
世の中、生きるために全然必要ないものばかり溢れて、何もかもが過剰すぎて気持ち悪いし、食べ物は無駄に捨てられすぎだし、TVやニュースは支配層のキチガイどもに都合のいい広告を垂れ流して人々を騙し洗脳扇動し、自分のことしか考えてないカオナシたちは自己保身と未来の不安で思考停止、自分の選択が社会のシステムに影響するなんてまるで考えずに、原発やら戦争やらクスリやら遺伝子組替え支援企業やら銀行やらに投資する。
腐り果てた監視牢獄社会で自分だけ生き延びたいなんてこれっぽっちも思ってないけど、死んだらインドのガンジス川あたりに漂っていたい。

人並みという常識

いわゆる人並みにはなれない人生なんだなぁと本格的に悟った今日この頃。明らかにしたら諦めがつきました。

わたしが、ああなりたい、ああならねば、と思っていたものは、人並みの人生の先にあるものだ。

いつから巧みに人並みとはこういうものだという観念がすりこまれてきたんだろうか。

常識って怖い。 


腰の怪我が意味するところ

腰椎分離の痛みがだいぶ落ち着いてきたここ最近、またやらかした。

階段から垂直に落ちて尾骶骨打撲。思うように動けないし、寝返り打てない。痛みのストレス。


腰の怪我が表すシグナルやspiritualな意味を調べたことがあるけれど、腰=怒り、傲慢、などなど、らしい。

あぁ、確かに。


社会が悪い。

親が悪い。

環境が悪い。

過去が悪い。

日本が悪い。

教育が悪い。


今の不本意で惨めな自分の姿から目を背けて、何かや誰かのせいにして楽になろうとすればするほど、根底にくすぶっている自分自身への怒りと憎しみが、静かに心と身体を蝕む。

  

しかしまぁ、怪我の多いこと。

ギリギリで命は助かってるけど。


単なる注意欠陥障害だけでも無さそうな予感。